SCMの観点から令和のコメ騒動を考える2

今次騒動の概要と本記事の構成
国内のコメ(食用米)価格が高騰し、「令和のコメ騒動」とまで報じられる事態になっています。2024年夏頃からコメが品薄となり小売価格が急上昇し始め、2025年に入りその騒動が再燃しました。食卓に並ぶ献立は流通の高度化に伴い多様化し私たちの生活を豊かにしましたが、コメは未だに私たちの主食であり、コメ価格の上昇は消費者生活に無視できない影響を及ぼしています。なぜ今、コメ価格がこれほどまで上がったのか。その原因と対策を、生産・流通・販売というサプライチェーン全体の観点から整理してみます。本レポートでは、前回のつづきで流通段階(「配」)での自家消費米の問題、販売・消費段階(「販」)での需要動向や企業の対応について考察します。
流通(「配」):見えにくい流通構造と在庫管理の課題(つづき)
自家消費米と「グレーな」流通実態
流通段階でもう一つ見逃せないのが、農家の自家消費米や未検査米の存在です。農家が自家用や地元消費用に回す米は公的な流通統計に表れにくく、いわば「グレー」な領域です。これら自家流通米が市場に横流しされたり、ネット等で直接販売されたりすると、公の流通量把握がさらに難しくなります。
実際、これまでも農産物検査を経ない未検査米が全流通量の2割近く(約120万トン)に上るとされ、市場で安価に取引されてきました。未検査米は品種や産地表示ができないため本来は廉価販売しかできませんが、流通が逼迫するとこうした米にも需要が集まり、高値転売の温床になる恐れがあります。農家が「自家消費用」として備蓄したお米を実際には業者に横流しするといった不正もゼロではないでしょう。今回の騒動でも、数多くの転売業者が農家や業者から米を買い占めて高値で売り抜けているとの指摘がなされています。流通の一部が見えないことが、不透明な取引や投機的な転売を生みやすくしていると言えます。
以上のように、流通段階では誰がどこにどれだけ米を持っているかが可視化されていないことが大きな問題です。これはサプライチェーンマネジメント上、需給調整の精度を著しく下げ、異常時の対応を遅らせます。この課題に対しては、流通の見える化(可視化)を進めることが有効でしょう。具体的には、コメ流通に先端技術を導入し、在庫や移動をリアルタイムで追跡・共有できるようにする取り組みが考えられます。
例えばパッシブRFIDタグの活用はその一つです。パッシブRFIDタグとは電池を持たない小型ICタグで、リーダーから発せられる電波で起動しID情報を返送するものです。コメの袋や米袋パレットにRFIDタグを貼り付けておけば、倉庫やトラックの出入りで自動的に記録が取れます。これにより、どの流通業者がどれだけの米を保有・移動させたかをシステム上で把握しやすくなります。すでに食品流通分野でもRFIDを用いた在庫管理・トレーサビリティ導入事例はあり、リアルタイムで商品の位置と数量を追跡し在庫過不足を早期に察知する仕組みが有効性を示しています。
また、QRコードやブロックチェーン技術を使った追跡システムの導入も考えられます。近年、スマートフォンでQRコードを読み取ることで生産履歴や流通経路を確認できるシステムも登場しています。ブロックチェーンを活用すれば、取引情報が改竄できない形で記録され、関係者間で共有可能になります。これらを組み合わせ、コメ流通のデータプラットフォームを構築すれば、平時から在庫状況を見える化し、異常な動きを検知して迅速に対処できるでしょう。
さらに、既存の米トレーサビリティ法の実効性強化も検討の余地があるのではないかと考えます。2010年制定の米トレーサビリティ法では、全ての米穀事業者に対し米の譲受・譲渡の記録と産地情報の伝達が義務付けられています。しかしこれは主に食品偽装や事故米不正転売への対策であり、リアルタイムの在庫・流通量把握には用いられていません。今後はこの法律の枠組みを拡張し、事業者間取引データを集約・分析する仕組みを作ることも検討に値します。もちろんプライバシー、企業秘密、生産者および流通者の自由裁量の確保との兼ね合いの問題もありますが、平時からデータを蓄積しておけば非常時に備蓄放出の適切なタイミングや量の判断材料になります。
販売・消費(「販」):需要動向と調達戦略の変化
消費者の需要動向と行動変化
日本のコメ消費量は長期的には減少傾向にありますが、ここ数年は需給に影響を与えるいくつかの特殊要因がありました。一つは他の主食との相対価格変化です。2022年以降、円安やウクライナ情勢に伴う輸入小麦価格の高騰で、パンや麺類など小麦製品の値段が上がりました。その結果、相対的に割安感のあったコメに消費者が回帰する動きもあったと考えられます。実際、小麦高騰期には米の需要が下支えされました。
また、災害や有事への不安からくる買いだめも需要を急増させる要因となりました。2024年8月、宮崎県沖で大規模地震が発生し気象庁が初の「南海トラフ地震臨時情報」を出した際、消費者がスーパーのコメ売り場に殺到したことは記憶に新しいでしょう。このとき一気に家庭でのコメ買い置き需要が跳ね上がり、米価高騰が本格化する契機ともなりました。パンデミック初期にもパスタなどと共にコメの買い溜めが起きましたが、災害リスクは人々に「とにかく米さえ備蓄しておけば安心」という心理を与えます。結果として短期間に需要が跳ね上がり、流通在庫が逼迫して価格が急騰するという現象が生じました。
もっとも、こうした一時的需要増は継続しません。パニック買いは在庫が家庭に移っただけで、しばらく消費が続けば需要は平年並みに戻ります。しかし市場は短期的ショックに弱く、価格は急騰後になかなか下がりにくい粘着性があります。生産に関する解説においても述べたように、コメという商品は年1回、二毛作でも年2回しかない生産機会は究極の見込生産であり、生産量を機敏に変化させることで価格変動を統制することは難しい商材であると言えます。SCMにおいては川下の需要情報が川上に伝達されるに従い増幅する現象について、鞭が波打つように需要情報が増幅することからブルウィップ効果という呼称が付いています。令和のコメ騒動においても、騒動化したのはマスメディア等によりコメ売り場の棚が空っぽになっている光景が報道され、消費者の購買行動が活発化したことにより一時的な需要増が生じ、流通段階における各プレーヤーにおいても購買行動が活発化したことから需要が増幅した結果、当初静観する構えであった農林水産省も備蓄米の放出という政策的な措置を取り一時的な需要増を吸収する措置を取らざるを得なくなりました。
小売・外食業界の調達戦略と対応
コメ価格高騰は、小売店や外食産業にも大きな影響を与えています。スーパーや米穀店では値上げを消費者に転嫁せざるを得ず、安価な古米やブレンド米で凌ぐ動きもあります。また外食チェーンにとってコメは主食材であり、仕入れ困難になれば営業に直結する死活問題です。では彼らはどのように対応しているのでしょうか。
一つのトレンドは、仕入れ先の多様化です。従来の調達ルートからの購入が難しくなった小売企業、外食企業も、最近では産地の農家と直接契約したり、商社からの調達に切り替えたりする例が増えています。令和のコメ騒動後に今まで見たことの無いような銘柄のコメが平積みされている光景を目にした方もいるかと思いますが、これは販売段階の各社が苦心して買い回った結果であると言えます。また、大手商社は品質の向上した外国産米にも注目し、外食産業向けに輸入米の供給を増やしているとの報道もあります。米価が国内で高騰したため、輸入米の価格競争力が相対的に上がったのです。実際、政府の無関税枠とは別に民間貿易で関税付きの外国米を輸入するケースも出ており、2025年1月単月で523トンもの外国産米が輸入されました。これは前年1年分の368トンを上回る量で、コスト高でも外米に頼らざるを得ない企業があったことを示唆しています。外食チェーンとしては、お客様に提供するご飯の品質を維持しつつコスト増を抑えるため、国内産地の見直しや一部輸入米ブレンドへの踏み切りなど苦心の対応を行っています。
小売業界でも、プライベートブランドのお米で安価なブレンド米を発売したり、まとめ買い需要に応えて大容量袋を用意したりするなどの工夫が見られます。ただし家庭向けでは依然として国産米志向が強く、極端な品質低下は敬遠されるため、在庫を確保しつつ値上げ幅を最小限に抑える努力が続けられています。
興味深い事例として、「ご飯お替わり無料」を継続する外食企業もあります。米価高騰にもかかわらずサービスを維持する背景には、「腹いっぱいご飯を食べてもらいたい」という創業者の理念や、お客様離れを防ぐマーケティング戦略があります。こうした企業では産地を柔軟に変更したり、業務用米のストックを平時から厚めに確保したりすることで急場を凌いでいます。また一部では、高品質米を売りにする店も出てきており、美味しい国産米を差別化要素として値上げを受け入れてもらう動きもあります。外食各社はそれぞれのブランド戦略に応じ、値上げかサービス維持かの舵取りを迫られている状況です。不惑を過ぎてもわんぱく食べ盛りの著者にとって、こういった姿勢には腹パンまで食べてお応えしたいと思います。
販売・消費段階における最大の課題は、需要予測の難しさとそれに見合った調達計画です。今回のように予期せぬ需要変動が起きた際、従来型の調達計画では対応しきれませんでした。サプライチェーンマネジメントの観点では、小売・外食企業も含めて需要情報を早期に共有し、生産・流通側と連携して対応策を取る体制が求められます。例えば、2024年夏の震災不安による買いだめが起きた際、流通在庫や備蓄米を機動的に放出できていればもう少し小売店の棚から商品が消える事態を緩和できたかもしれません。需要動向を的確に捉えるには、POSデータや消費者の購買データ分析も活用しつつ、生産者側へのフィードバックを強化する必要があります。
さらに、国内市場と海外市場のバランスも課題です。近年、日本産米の輸出も拡大傾向にありましたが、国内米価が上がりすぎると競争力を失ってしまいます。実際、主要産地の大規模農家からは「米価が高すぎると輸出が難しくなる上に、高関税を払ってまで外国米が入ってくるようになり、自分たちの市場が縮小してしまう」との懸念が出ています。国内外の需給を睨みつつ、持続可能な価格水準に落ち着かせることが、生産者・流通・販売者すべてにとって望ましいのです。
おわりに:コメの安定供給に向けた展望と提言
令和のコメ騒動をSCMの観点から概観しましたが、この問題は他のサプライチェーンにおいても生じうる課題が凝縮されたケースと言えるでしょう。コメのSCMにおいてはその特性から効率重視型サプライチェーンを志向せざるを得ませんが、生産段階では年1~2回しか生産機会が無い見込生産を行わざるを得ないことと長年の政策により供給量の制約があること、流通段階では自由化を契機とした構造変化による不可視化が生じていること、販売段階では消費者行動の急激な変化に対応することを志向するものの流通段階からの供給が目詰まりしているため小売、外食各産業が調達先を多様化したことなど、需要変動への脆弱性がそれぞれ組み合わさることで今回の事態を招きました。
サプライチェーンマネジメントの要諦は、実態の「可視化」と「生配販の全体最適」にあります。コメのSCMについても、生産・流通・販売が情報と責任を共有する仕組みづくりが求められます。例えば、農林水産省が事務局を務めるスマート・オコメチェーン・コンソーシアムと称するプラットフォーム構想では、生産から消費までのデータを一元管理し、品質情報まで含めて可視化する試みが進められています。DX活用によりコメ流通の不可視領域を無くしていくことが、安定供給と価格の安定化につながるでしょう。 政策についても、部分的な対応ではなくチェーン全体を見据えた包括的な戦略で臨む必要があります。幸い、日本には備蓄米制度というセーフティネットがあり、技術的にもトレーサビリティの素地は整いつつあります。これらを賢く組み合わせ、主食たるコメを安定的に供給・適正価格で提供できるサプライチェーンを再構築していくことが、今後の食料政策と生配販各産業界の課題と言えるでしょう。
(この記事は、2025年4月21日時点の状況をもとに書かれました。)
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